620: 転載スマソ 2003/01/06 14:26:00
298 名前:聞いた話 投稿日:02/12/31 01:00 ID:6SUejUpe 

私は戦時の中、幼少時代をすごしました。 
物心ついたときには母親はおらず、父は兵隊に取られ 
祖父と2人田舎で暮らしていました。 
家のすぐ脇には河が流れており、200mほど河を下ったところには 
捕らえられた米兵を収容している建物がありました。 

とある日のこと、私が芋を河で洗っていると誤って 
手を放してしまいその芋を河に流してしまいました。 

その芋はたまたま下流で水浴びをしていた米兵達によって 
拾われました。 
米兵は自分達に向かって流してくれたものだと思い 
喜んで私に手を振って芋を持って帰りました。 
きっとひどい扱いを受けていたのでしょう。 

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299 名前:聞いた話 投稿日:02/12/31 01:01 ID:6SUejUpe 

それから私は定期的に川下にいる米兵達に回りには 
分からないように、野菜を河に流して渡すようになりました。 

やがて戦果も悪化して日本軍が不利な状況になるにつれて 
食糧事情は厳しいものとなりました。 
もともと私と祖父の2人暮らしだったため食料で困ることは 
ありませんでしたが、米兵達に食料を分け与えることは 
出来なくなりました。

625: 名無し三等兵 2003/01/10 02:56:00
>>620 
転載時は元の書き込みへのURLも貼るのが礼儀だと思うがどうか?

621: 転載スマソ 2003/01/06 14:28:00
申し訳ない気持ちになりながらもいつも食料を流している 
時間私はいつものように川岸まで行きました。 
いつものように200m川下では米兵達が待っています。 
近づくのは禁止されていたため当然話をすることも出来ません。 
ジェスチャーで分け与える食料が無いことを伝えようと、 
手を大きく振ってバツマークを作って食料が無いことを伝えます。 
しかし上手く伝わらず米兵達は手を振り帰してきます。 
そんな私が流す食料を楽しみにしている米兵に 
何もして上げられない無力な自分に腹がたち河の水を 
蹴り上げると米兵も同じように真似をします。 
今度は河の中で飛び上がってみるとやはり米兵達は 
私の真似をします。 
何とかしてあげたい。そう思いました。 

私は自分の家の畑から祖父の目を盗み少しですが 
スイカやかぼちゃを取り今までと同じように河に流して 
米兵に渡しました。 



301 名前:聞いた話 投稿日:02/12/31 01:03 ID:6SUejUpe 

しかし数日後スイカを取っているところを祖父に見つかり 
理由を聞かれました。 
私は正直にこれまでのいきさつを話しました。 
すると祖父はこう言いました。 
「なるほど。お前は非国民だが非人間ではないな。」 
そう言うとそれ以降畑から取った野菜を河に流して 
米兵に渡すことを許してくれました。

622: 転載スマソ 2003/01/06 14:29:00
やがて終戦を迎えたある日のこと、家の上空を数機の 
戦闘機が飛来してきました。 
米兵を収容していた建物があったためひどい扱いを 
受けていた米兵が仕返しに空襲に来たに違いない。 
祖父はそう言いました。 
しかし私はそんなこと無いよ。そんなこと無いよ。 
と言いました。 
あの米兵たちがそんなことをするとは思えなかったのです。 
やがて戦闘機からたくさんの金色や銀色の小石くらいの 
大きさの物が振ってきました。 
爆弾だ! 
祖父は言いました。 
しかし何も爆発しません。 
空から振ってきたものは金銀色の紙に包まれた 
チョコレートでした。 
なおもチョコが降り続きました。 
星のように。 


体と何も関係ない話で恐縮です。 
聞いたのが結構前のことなので上手く伝えられず申し訳ないです。

623: 名無し三等兵 2003/01/06 22:57:00
 WWⅡ当時は煙草やチョコが凄い貴重品で、ノンフィクション小説の 
「急降下爆撃機」でも、ドイツ空軍のパイロットが陸軍に一寸した勝利の 
お祝いに、手紙とチョコを投下筒に入れて届けたって書いて有った。 
 幾ら物資が多かったアメリカと言えど、一パイロットがチョコを集め 
飛行機まで調達して民間に送り届けるなんてのは、矢張り大変な苦労だった 
事だろうに。 
 粋な話だ。

624: 名無し三等兵 2003/01/09 20:33:00
 
引用元: 泣ける話@軍事板第4章