71: 癒されたい名無しさん 2008/07/29 01:59:42 ID:nBDvHpr1
私の家は母子家庭です。物心ついた頃母は夜の仕事をしていたので大体夜は一人か 
親戚の家をたらいまわし。
家に帰っても一人なので帰りたくない、泣いて駄々をこねた事もあります。 
あの時の迎えに来た母の切なそうな顔忘れられません。 
「なぜ父親がいないのだろう?」そんな疑問もありました。 


中学生の頃、反抗期に入り母との喧嘩が多くなりました。 
私「テメーなんか母親じゃねー」母「あんだとクソがき」私「おめーなんか氏ね」母「ふざけんなよ」 
売り言葉に買い言葉。 
ただ今思い返すと母は私を否定する言葉は何一つ言わなかった。 
十代後半まで反抗期は続き、母が嫌で嫌でしょうがなかった。 

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数年が経った頃、ある日母と飲みに行く事になりました。 
場所は家の近くにある居酒屋。 
そこのマスターと母が古い知人で私も良くお世話になっていました。 
マスターと話していくうちに母の苦労が見えてきました。 


自分が生まれたばっかりの頃、食べていくため血反吐を吐きながら昼も夜も仕事をしていた事、 
預けたくはないのに子供を預けながら仕事をしていた事、自分が母親と父親、 
両方の役割を担っていかなければいけないと考えていた事。 
胸が苦しくなり、こらえていた感情が涙となりました。 

母は泣いている私に「○○(私の名前)がいるから頑張れたんだよ、○○からパワーもらって」 
と言ってくれました。 

父親の事も話してくれました。母と父は結婚はしていないらしく、父の方には 
家庭があったらしいのです。母は慰謝料ももらわずにさよならしたそうです。 
なぜ慰謝料もらわなかったの?と聞いたら自分一人の力で育てたかったからと言っていました。 

経過はどうあれ、それでも私を産んでくれた母に今では感謝しています。

73: 癒されたい名無しさん 2008/08/04 00:46:07 ID:X56OPCoJ
やばい涙腺が…

引用元: 母の泣ける話ください