502: 癒されたい名無しさん 2007/12/14 14:12:35 ID:GbY2nQO7
泣けるかは分かりません、ただ私は泣きました、泣いてます。 

私の両親は、いわば駆け落ち婚というものでした。 

数年間の説得も上手くいかず、結果的に父は母を連れて飛び出していったのです。 

しばらくの間は二人でお金を溜めて暮らそうと言ってる最中にできたのが私でした。 

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予定外の妊娠でも父と母は喜んで、第一子である私を育ててくれたのです。 
私の誕生をきっかけにギクシャクしていた両家の祖父母とも仲直りをし、正月や 
夏休みには顔を出すくらいにまで関係は回復していました。 

そして次々と生まれる妹と弟、一人だけ流産してしまったものの、我が家は子供四人、 
大人二人の六人家族として暮らしていました。 

普通の家族です。喧嘩もすれば、一緒にはしゃいだりもする、極普通の家族です。 
それが少し崩れてしまったのは、私が思春期に入り、そして同時反抗期やいじめなど 
を経て、精神を病んでしまってからだと思います。 

二度に渡る自殺未遂も、頻繁に起きるリストカットや突然の暴走を目の当たりにしても、 
父も母も妹や弟たちも私を見捨てることはなく、毎日を過ごしていきました。 

精神を病んでから八年、私は成人式を迎えました。 

両家の祖父母も、父も母も、綺麗に育ってくれたと喜んでくれ、私自身も大喜びでした。 
本当に幸せだったんです。 

私が大学を中退しても、アルバイトで生計を立てていても、父も母も、家族全員で生きてきたんです。 
今年は私の収入が思いのほか良いので、母の誕生日に何かを買おうと思っていたのに…… 

今日、母が亡くなりました。 

甘えん坊な私になんだかんだ付き合ってくれた母は、もういません。 
少し子供なところがある父を支えていたこの力強い母は、もういません。 

専業主婦で、帰宅するといつでも「おかえり」と迎えてくれて、 
出勤するときに「いってらっしゃい」と言ってくれる母は、もういません。 
46歳の若さでこの世を去ってしまいました。 

まだ、下の子たちの成人式だってあったのに。 
結婚式だって、孫だって、まだまだ見せたいものはあったのに。 
母は、もう、いません。 

私は甘えん坊です。 
泣きました、これからもきっと泣きます。 
そして、この悲しみを文句として母に向けるのかもしれません。 

毎日、毎日、仏壇に向かって文句を言います。 
線香もって、母さんの好きな花を持って、毎日毎日、呆れるくらい文句を言います。 

そして、ひとしきり文句を言ったら言ってやるんです。 
「大好きだよ」って。 



臭い話ですけれど、今さっき、そしてこれからの話です。 
それでは、長文失礼しました。

引用元: 【泣ける話】